今日は、江國 香織さんの『冷静と情熱のあいだ Rosso (角川文庫)』です。
4.2 174個の評価
著者の異なる二連作となっており、Rosooはあおい目線、Blueは順正目線一冊となっています。
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目次
この本で分かること
人生というのは、その人のいる場所にできるのものだ、という単純な事実と、心というのは、その人のいたいと思う場所につねにいるのだ、というもう一つの単純な事実が、こういう小説になりました。
あとがきより
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街の喧噪が苦手なあおい
ミラノでジュエリーの販売員をしながら、恋人のマーヴと過ごすあおい。
あおいは賑やかな場所が苦手で、いつも何か考えているような雰囲気がある。
昼下がりのカフェの賑わいは、この町で綿際の苦手なものの一つだ、そこらじゅうのおしゃべり、トレイに飾られた小さなお菓子、ウェイターのきびきびした動き、煙草の煙。
ーーー一直線に本質をみようとする目っていうのかな。ごまかされない、まどわされない目をしていると思う。
ーーーなにかをごまかそうよしているの?
ちがう、と言ってマーヴは笑った。
全てを許してくれる優しいマーヴ
マーヴはあおいのすべてを肯定してくれる。
私は言った。
「週末、あなたはアンジェラとでかけたらどうかなと思って。たまには姉妹で二人でっていうのもひつようでしょう?」
マーヴは苦笑する。
「上手い理由を考えたね」
こういうとき、マーヴは決して傷ついた顔をしない。
ジュエリー店で販売員をするあおい
ジュエリーが売れる時、いつも不思議な気持ちになる。私はまずそのひとの部屋を想像する。ジュエリーのしまわせる場所を想像する。それから、その人が鏡の前に立ち、ジュエリーをつけるところを想像する。特別なときにだけつけるのだろうか、肌の一部みたいにいつもつけているのだろうか。旅行には持っていくのだろうか。
私はじゅえりいーが好きなのではなく、ジュエリーをつける女のひとの生活が好きなのかもしれない。ジュエリーうぃ買う女のひとのせいかつも。ジュエリーを贈られる女のひとの生活も。
順正のことが忘れられない
あおいは大学時代に付き合っていた順正のことが忘れられない。
私にとって順正は、はじめてセックスをした男の子ではないけれど、こういう言い方をしていいなら、はじめてほんとうに体をゆるしたーーーすべてをゆるしたーーー男の子だ。はじめての、そして唯一の。
私は順正の話をきくのが好きだった。川ぞいの道で、記念講堂の前の石段で、地下におりるいつもの喫茶店で、私たちの部屋で。順正はやさしい声をしていた。誰に対しても、びっくりするほど情熱を傾けて話した。つねに相手を理解しようとし、それ以上に相手に理解されたがっていた。そして、話しすぎるとふいに黙ることがあった。言葉では届かないとでもいうように、いきなり私を抱きすくめるのだった。
常に一歩引いて踏み込めないあおい
いつも何か考えていて、周りもあおいのことを口には出さないが心配している。
「はなして」
できるだけそっと言った。マーヴが怯えている。それは私をほんとうにさまらなくするが、私はマーヴを安心させてあげることができない。どこもいかないから大丈夫、と、ずっとここにいるから安心して、と、私はマーヴに言ってあげることができない。
あのダニエラがーーー結婚して家庭をもって、たちまち小さな愛娘まで産んでしまったということのすべてが、なんだか水槽のなかのことのようだ。すぐにそこにあるのに手を触れることのできない、音すらも聞こえない、はるかに隔てられた場所。
もう随分とながいことそんなふうだったような気がアする。それてもあるいははじめから、そうだったのかもしれないとも思う。私にとって世界はーーー親友さえーーーいつもすこし遠い場所だ。自分と外界とを隔てるうすい膜のようなもの。
マーヴとのあいだにさえそれはある。
マーヴの姉アンジェラ
アーヴの姉アンジェラがアメリカからミラノへ遊びに来る。あおいはアンジェラのことが好きになった。
アンジェラが帰国して、ちょうど一年たつ。一年間で三通の手紙をくれた。どれもアンジェラらしい、短いけれど心のこもったものだった。私は恋人の姉を好きだなと思う。彼女の健康と不健康を、やさしさと身勝手を、勤勉と怠惰を、好きだなと思う。
帰る場所がある
ここで生まれ、長い生涯をずっとここで暮らし、おそらくここでおえるのであろうフェデリカやジーナに、選択の余地がないということの苛酷さとやすらかさに、私はときどきとても憧れる。
かつて、順正とよくその話をした。
私はミラノで、順正はニューヨークで、それぞれ似たような経験をした。帰るべき場所が他にあるという気持ち。自分が他所者だという気持ち。
フェデリカやダニエラとどんなに親密な時間をすごしても、それはいつもそこにあった。
帰る場所に思いをはせるあおいに対して、フェデリカはこういった。
「人の居場所なんてね、誰かの胸の中にしかないのよ」
フェデリカは、私の顔をみずにそういった。半ばひとりごとのように。
人は、その人の人生にある場所に帰るのではない。その人のいる場所に人生があるのだ、¥。
優しすぎるマーヴ
ある日、突然順正からの手紙があおいのもとに届き、それ以来あおいは手紙に心を乱される。
いや、とこたえたマーヴのきっぱりとした口調に、私はかすかないらだちを覚える。甘やかされることへのいらだち、許されることへのいらだち、そして、傷つかれることへのいらだちだ。私はマーヴを恒常的に傷つけてる。
マーヴとついに別れる
マーヴと別れるあおいに対し、周囲の人間はやさしく接してくれる。
孤独なとき、親切や友情はその孤独を際立たせる。
あとがきより
人生というのは、その人のいる場所にできるのものだ、という単純な事実と、心というのは、その人のいたいと思う場所につねにいるのだ、というもう一つの単純な事実が、こういう小説になりました。
あとがきより
その他
アルベルトの真面目さは、ときどき私を息苦しくさせる。
図書館についていつも私が感心するのは、窓際の席でも日があたらないようにできているということだ。四角くきりとられた窓の外は目も眩みそうな日ざしだけれど、窓の内側はたちまち暗く、しずかで、微動だにしない。
私たちの食事は簡素なものだ。マーヴはいつも体調管理に気をつかっているし、食べるのに苦痛でない程度においしくて、栄養バランスがよければそれでいいと思っている。
午後図書館とスーパーマーケットにいく、夕方お風呂に入った。何もしないでいることの悪い点は、記憶がうしろに流れないことだ、私がじっとしていると、記憶もただじっとしている。
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街の喧噪が苦手なあおい
ミラノでジュエリーの販売員をしながら、恋人のマーヴと過ごすあおい。
あおいは賑やかな場所が苦手で、いつも何か考えているような雰囲気がある。
昼下がりのカフェの賑わいは、この町で綿際の苦手なものの一つだ、そこらじゅうのおしゃべり、トレイに飾られた小さなお菓子、ウェイターのきびきびした動き、煙草の煙。
ーーー一直線に本質をみようとする目っていうのかな。ごまかされない、まどわされない目をしていると思う。
ーーーなにかをごまかそうよしているの?
ちがう、と言ってマーヴは笑った。
全てを許してくれる優しいマーヴ
マーヴはあおいのすべてを肯定してくれる。
私は言った。
「週末、あなたはアンジェラとでかけたらどうかなと思って。たまには姉妹で二人でっていうのもひつようでしょう?」
マーヴは苦笑する。
「上手い理由を考えたね」
こういうとき、マーヴは決して傷ついた顔をしない。
ジュエリー店で販売員をするあおい
ジュエリーが売れる時、いつも不思議な気持ちになる。私はまずそのひとの部屋を想像する。ジュエリーのしまわせる場所を想像する。それから、その人が鏡の前に立ち、ジュエリーをつけるところを想像する。特別なときにだけつけるのだろうか、肌の一部みたいにいつもつけているのだろうか。旅行には持っていくのだろうか。
私はじゅえりいーが好きなのではなく、ジュエリーをつける女のひとの生活が好きなのかもしれない。ジュエリーうぃ買う女のひとのせいかつも。ジュエリーを贈られる女のひとの生活も。
順正のことが忘れられない
あおいは大学時代に付き合っていた順正のことが忘れられない。
私にとって順正は、はじめてセックスをした男の子ではないけれど、こういう言い方をしていいなら、はじめてほんとうに体をゆるしたーーーすべてをゆるしたーーー男の子だ。はじめての、そして唯一の。
私は順正の話をきくのが好きだった。川ぞいの道で、記念講堂の前の石段で、地下におりるいつもの喫茶店で、私たちの部屋で。順正はやさしい声をしていた。誰に対しても、びっくりするほど情熱を傾けて話した。つねに相手を理解しようとし、それ以上に相手に理解されたがっていた。そして、話しすぎるとふいに黙ることがあった。言葉では届かないとでもいうように、いきなり私を抱きすくめるのだった。
常に一歩引いて踏み込めないあおい
いつも何か考えていて、周りもあおいのことを口には出さないが心配している。
「はなして」
できるだけそっと言った。マーヴが怯えている。それは私をほんとうにさまらなくするが、私はマーヴを安心させてあげることができない。どこもいかないから大丈夫、と、ずっとここにいるから安心して、と、私はマーヴに言ってあげることができない。
あのダニエラがーーー結婚して家庭をもって、たちまち小さな愛娘まで産んでしまったということのすべてが、なんだか水槽のなかのことのようだ。すぐにそこにあるのに手を触れることのできない、音すらも聞こえない、はるかに隔てられた場所。
もう随分とながいことそんなふうだったような気がアする。それてもあるいははじめから、そうだったのかもしれないとも思う。私にとって世界はーーー親友さえーーーいつもすこし遠い場所だ。自分と外界とを隔てるうすい膜のようなもの。
マーヴとのあいだにさえそれはある。
マーヴの姉アンジェラ
アーヴの姉アンジェラがアメリカからミラノへ遊びに来る。あおいはアンジェラのことが好きになった。
アンジェラが帰国して、ちょうど一年たつ。一年間で三通の手紙をくれた。どれもアンジェラらしい、短いけれど心のこもったものだった。私は恋人の姉を好きだなと思う。彼女の健康と不健康を、やさしさと身勝手を、勤勉と怠惰を、好きだなと思う。
帰る場所がある
ここで生まれ、長い生涯をずっとここで暮らし、おそらくここでおえるのであろうフェデリカやジーナに、選択の余地がないということの苛酷さとやすらかさに、私はときどきとても憧れる。
かつて、順正とよくその話をした。
私はミラノで、順正はニューヨークで、それぞれ似たような経験をした。帰るべき場所が他にあるという気持ち。自分が他所者だという気持ち。
フェデリカやダニエラとどんなに親密な時間をすごしても、それはいつもそこにあった。
帰る場所に思いをはせるあおいに対して、フェデリカはこういった。
「人の居場所なんてね、誰かの胸の中にしかないのよ」
フェデリカは、私の顔をみずにそういった。半ばひとりごとのように。
人は、その人の人生にある場所に帰るのではない。その人のいる場所に人生があるのだ、¥。
優しすぎるマーヴ
ある日、突然順正からの手紙があおいのもとに届き、それ以来あおいは手紙に心を乱される。
いや、とこたえたマーヴのきっぱりとした口調に、私はかすかないらだちを覚える。甘やかされることへのいらだち、許されることへのいらだち、そして、傷つかれることへのいらだちだ。私はマーヴを恒常的に傷つけてる。
マーヴとついに別れる
マーヴと別れるあおいに対し、周囲の人間はやさしく接してくれる。
孤独なとき、親切や友情はその孤独を際立たせる。
あとがきより
人生というのは、その人のいる場所にできるのものだ、という単純な事実と、心というのは、その人のいたいと思う場所につねにいるのだ、というもう一つの単純な事実が、こういう小説になりました。
あとがきより
その他
アルベルトの真面目さは、ときどき私を息苦しくさせる。
図書館についていつも私が感心するのは、窓際の席でも日があたらないようにできているということだ。四角くきりとられた窓の外は目も眩みそうな日ざしだけれど、窓の内側はたちまち暗く、しずかで、微動だにしない。
私たちの食事は簡素なものだ。マーヴはいつも体調管理に気をつかっているし、食べるのに苦痛でない程度においしくて、栄養バランスがよければそれでいいと思っている。
午後図書館とスーパーマーケットにいく、夕方お風呂に入った。何もしないでいることの悪い点は、記憶がうしろに流れないことだ、私がじっとしていると、記憶もただじっとしている。